2011年12月8日木曜日

消費増税、終わった

消費税率を5%から10%に増税することを狙う野田政権が、消費増税の1割を、公共事業や防衛、文教・科学技術振興に使うことを考えている。(asahi.com

元々、社会保障目的税として宣伝してきたのだから、話が違う。

過去の借金を減らすとまでは行かないまでも、その年の収入と支出のバランスをとるためにも何らかの増税が必要だったのに、こんな話が今更出てきた。

消費増税、終わった。

きっと、野田政権も終わりだろう。

2011年11月25日金曜日

ギョーザが食べたい!

突然、ギョーザが食べたくなるときがある。

夜10時を回った昨晩だった。
ありふれた生活をしていれば、そんな時間から食べるという選択肢はないのだろうが、日本にいながら欧州時間で生きる者にとっては、さしずめ、ランチタイム。

車でちょいと走ったところに、餃子の王将が深夜まで営業していることが判明。出陣した。

ギョーザとチャーハンを注文したが、先に出てきたチャーハンの8割程度を食べたところで、ギョーザ到来。もう少しいけそうだったので、焼きそばも食べてしまった。

寒くなってきたので、今度は、四川料理を食べたい。

2011年10月22日土曜日

何となく踏み出せないOnline Storage

 日頃使っているPCが11月、更新されることになりました。


Windows XPという良くできたOS、Let's noteという良くできた機種でしたが、4年も使うと、遅いだけでなく、disk spaceも厳しくなってきており、70GB中、残り1GBという状況です。Main Frame用のOSなら、この程度でもサクサク動くのでしょうが、Windowsでは無理です。電源を入れて、使えるようになるまでに15分かかります。


私がdigital cameraを使い始めたのは2001年の春からですから、もう10年。悲しいほど、昔のことです。それ以来、撮影したデータはすべて保管されているのですが、机の横のMOたち、自宅のPC、このPCの3カ所に分散配置されています。


分散配置といえば、聞こえが良いのですが、一カ所にまとまってある方が、楽に決まっています。
でも、新しいnote pcに入れておくのは、disk crashを考えると危険すぎます。


10万円くらいでRAID 5が使えるdiskも商品化されていて、障害時を考えると魅力的です。
でも、そんなことに10万も注ぎ込むの?というのが、生活者の感覚ですよね。


そこで気になっているのが、Online Storage。


企業向けを想定したサービスだと、値段が高すぎる。

横文字を読むのは面倒だから、日本語で相手にしたい。
現状のdisk spaceはホドホドだけれど、時代の進展に合わせて、だんだん拡張(割安)になってくれることを、内心期待。

写真をuploadすると、勝手にサイズを変更するようなサービスもあるが、他人のデータの解像度を左右するのは論外。




そんなときによぎるのが「後で送るねー」などと言って、ほったらかしにされる写真たちの不遇です。
digital cameraのメリットは、一々printしなくても構わない点にありますよね。
実は、相手はそれほど欲しくないのに、1枚数十円程度の経費を掛けて届けるのはバカげているといえば、その通りです。(でも、その無駄がGDPを生んでいたのかも知れないが)

URLを送るだけで、その日の写真だけを公開するような、比較的簡単なAccess Controleも欲しいところ。




データ保管の信頼性と、事業の安定性(継続性)がポイントで、有料だって構わない。(月額千円が上限だろうけど)


ある程度候補はあるけれど、何となく、踏み出せずにいる。

2011年10月6日木曜日

that day has come...Steve Jobs逝く

「その日が来た」
そう、メッセージを残して去ったのは、2011年8月24日だった。(apple.com, apple.com/jp)

彼をiPhoneやiPadという製品で語るのは、ウワベを見ているに過ぎない。消費者が求めているモノ、生活を便利にするモノをを追い求め続けた。彼は希代の起業家だった。



彼を初めて、そして最後に見たのは、今から10年以上前のことだ。
千葉の幕張メッセで開かれていたMacintoshのイベント。1999年2月だったろうか、World Expoだったろうか、時期と大会名はよく覚えていない。

まるでコンサートが始まるり、ステージにアーティストが表れたときのように、彼が登壇すると会場は沸き立った。
そのステージで彼は、Macintoshにつながったビデオカメラから、ケーブルを抜いた。その瞬間、カメラがとらえていた映像は、静止画となり、再びケーブルをつなぐと、動き出した。
Apple ComputerがFireWire(IEEE1394)を発表したときのことだ。



彼の商品との出会いは、大学生時代にさかのぼる。
大学の計算機室にMacintoshが導入された。

それまでのコンピューターは、黒い画面の上に、緑色の文字が並ぶもので、特殊な命令文(コマンド)を入力しなければ、何も動かなかった。専門的な知識がなければ、とても使うことはできない。
しかし、それでは私たちの生活に、直接、コンピュータが入ってくることなどできない。



マウスを使って、画面上の矢印を動かし、使いたいソフトウエアや、開きたい書類に重ね、ダブルクリックして起動する――。今ではアタリマエのアイコンやウインドウの概念を持ち込み、「パーソナルコンピュータ」というコトバを生み出したのは彼だ。

マウスを用いて操作するには、処理能力の高さを必要とするのに、その直感的な操作から、音楽や写真、グラフィクスなどを扱う人々に愛用された。さらなる高性能を求め続けたユーザーに答え続け、AppleII, Macintosh SE30, Macintosh Quadraなどは、ユーザーにとって垂涎の的だった。



Appleに、そして私たちに転機をもたらしたのが、1999年1月に発売されたiMacだ。
ボディにはストロベリー、ライム、ブルーベリー、タンジェリン、グレープの新色5色が用意された。
当時、Appleに復帰していたSteve Jobs暫定CEOは、「ほとんどの人にとっては、メガヘルツ(MHz)とかギガバイト(GB)とか、その他PC購入時に聞かされるチンプンカンプンな話よりも、色の方がずっと大事だ」と述べた。(impress.co.jp

Microsoftが1995年にWindows 95を発表し、退潮が続く中、消費者が求めるものを、ど真ん中に直球で、打ち返した商品で、Appleの業績回復への決定打となった。



その後、携帯型音楽プレーヤーiPodを作ったが、iPod touchの延長線上にiPhoneがあった。
iPhoneはMacintoshを動かすOS "Mac OS"の進化形と言え、ビジネスという点ではiPodの進化形でしかない。ユーザーをiTunes Storeに、App Storeに囲い込むというスタイルを強化したのだ。

しかし、それはかつて、Microsoftが、他社の商品を真似た商品を次々に投入して、ユーザーを囲い込んだのと似ていた。

使いやすいかも知れないが、Appleに縛られる生活に、人々ははまっていった。
しかし、私にはAppleの魅力が減退しているように見える。Microsoftの独占で苦しめられたことを、Apple自身が始めようとしているのではないか、と感じるからだ。



ただ、iPadはまた少し、異なる存在になるかも知れない。
Microsoft Windowsが先行したタブレットは泣かず飛ばずだった。そこに、iPhoneの延長らしく見せてきたのがAppleだ。

しかし、その姿は、ノートPC Mac Book Airの画面部分そのものだ。

Macintoshは元々、マウスで操作することを前提としているから、キーボードがなくても、ほとんどの操作が可能だ。それを追求したものになっている。

結果、コンピュータの形をしていないコンピュータになった。



欲しかったのは、これじゃないか。

消費者の求めるものを、そうやって商品を提供し続けた人だった。
Appleの、そして彼のファンは、その商品に熱狂し続けた。
次代の生活を描く商品を、創造し続ける人が、登場してくるだろうか。



我々は、その日を迎えた。(apple.com, apple.com/jp, apple.com/pr, apple.com/jp/pr

Steve Jobs 享年56歳。

2011年9月14日水曜日

宇宙飛行士は毎日1ミリシーベルト

 宇宙飛行士は毎日1ミリシーベルトの放射線を浴びているらしい。(asahi.com
国際宇宙ステーション滞在中の宇宙飛行士、古川聡さんが語っていた。

毎時数十マイクロシーベルトに相当する。

ロシアには1年も滞在した人がいるが、低線量の影響を理解するには、まだ統計(サンプルとなる人の数)が足りないのだろう。

自民党員の電力経営者

 そういえば8月下旬、原発事故を受けて新設された佐賀県議会原子力安全対策特別委員会の委員長を務める自民党県議の政治団体に、九州電力幹部ら6人から2009年、計5万円の献金を受けていたことが伝えられていた。(asahi.com
やらせメール問題解明にあたる立場として、中立性に疑問の声が出たとして、委員長を辞任した。

今回は県議だったけれど、政治資金収支報告書を見ると、自民党国会議員に関係する政治団体に、電力会社役員からの献金を見つけることは、それほど難しいことではない。

電力会社には、利益を保証する料金体系と地域独占とが電気事業法で認められている。さらに、様々な税制上の特典もあるから、企業献金を控え、役員個人が献金をする形で世論の批判をかわそうとしているように見える。しかし、その方法に胡散臭さを嗅ぎ取る向きもある。献金する経営者自身が、受益者になっていると言えるからだ。それに、献金をしている役員自身が、自民党員であるケースもある。

邦人献金を減らし個人献金の拡大によって、政治と金の関係を改めようという流れが、1990年代から続いていたが、フクシマは、その考え方さえも、再考を迫っているように思える。
この問題、解決策はなかなか浮かばない。

どうする、今年のF1

 F1日本GPが、あと1カ月に迫りました。Sebastian Vettelがシリーズ連覇を決めるレースになるかもしれません。Grand Prix Weekは金曜の午前、午後、それに土曜午前の各1回に練習走行、土曜午後の予選、そして日曜午後の決勝の5回、走行が予定されています。

しかし、この時期はお日柄が悪い。

世間は運動会シーズンですよ。去年はそのことを忘れていたので、早々とシケインの指定券を買ってしまいました。

とりあえず金曜の練習走行に日帰り参戦。子どもの運動会が土曜から月曜に延期された連絡を、朝に受け、それから車で行こうとと考えました。しかし、事は台風。きっと午前の練習走行も厳しいだろうし、もしかしたら予選も...
移動の疲れや宿の手配を考えて、土曜夜(日曜未明)に行き、夜帰ってくる方針に転換しました。

天は我に見方しました。

午後の予選生中継を見ると、鈴鹿は大雨。予選は中止され、日曜午前に設定されました。
日曜に予選と決勝をやったのは、うーんと、多分、2004年の鈴鹿以来かなぁ?
その時も台風で、金曜日から大荒れでした。
史上2度目の予選・決勝同日開催です。

決勝では、小林可夢偉がヘアピンで追い抜きを重ね、印象的なレースになりました。
レースを終え、観客に手を振る小林可夢偉。接触による損傷が車体左側に残る=2010年10月10日


そして今年。
一昨年、昨年と、観客数が過去最小を毎年更新している状況で、早めに券を購入する必要はないだろうと、指定券の購入を控えていました。
ですが、やっぱり運動会が土曜日に設定されてしまいました。

金曜の練習だけを見に行く手もあるのですが、そこまでの元気は、今年はなく、やむなく断念せざるをえないようです。

日本で車が売れないワケ

 テレビ東京系で午後11時から放送しているニュース番組「ワールドビジネスサテライト」で13日、視聴者から、自動車産業についての質問が寄せられていました。日本で若者が車を買わなくなったけれど、自動車産業は大丈夫だろうか、というものでした。

若者が車を買わなくなったかどうかは分かりませんが、新車国内販売台数は確かに減少しています。2010年は、ピークだった1990年に比べて3割減だそうです。(ロイター

番組でどのような回答がなされていたかの詳細は覚えてないのですが、触れられなかった点で、私が気にしていることがあります。

それは、駐車場。東京の駐車場の価格は、尋常とは言えないでしょう。東京・銀座近くの、とある駐車場は、月額約6万円、四谷・白金で月5万円、自由が丘で月4万円という価格を見聞きしたことがあります。極端な例でしょうが。

東京で一番問題なのが住宅事情です。東京圏以外に比べ、価格は高いのに狭い。なおかつ、通勤時間が長い。同じ大きさで、同じ通勤時間なら、東京の住宅は1.5倍程度高いように感じられます。
しかも、駐車場がネック。上記の例は極端だけれど、月2万円というのが、実際的な感覚でしょうか。
駐車場つきの家でもないと、駐車場代分だけ、家賃が高いのです。

なにより、東京以外では駐車場無料のショッピングセンターも少なくないですが、東京では駐車場代はほぼ必須。そのほかにも、高速道路など、車で動けば電車の何倍も出費を強いられます。
東京や大阪は鉄道網が発達しているので、車がなくても十分に暮らしていけます。つまり、車は嗜好品。車自体の価格が安くはなく、維持費もそれなりにかかる上、東京では特別に経費が高くつくのなら、合理的に考えれば無駄なモノです。

若者だけでなく、都会生活者なら、車は無駄なモノなのです。

かくいう私は、車が好きなので、家探しのポイントに駐車場を置かざるを得ません。モノ好きなんでしょうね。

2011年9月4日日曜日

メールが届かない!


ご存じ(?)の通り、このサイトはishibashi.orgというドメインを使っている。メールも同様に、このドメインをつかっているのだが、2日夜から、メールが届かない!3日、起きて気付いた。

理由は想像がつく。
ドメインを管理している業者を変更した。ドメイン管理だけでなく、サーバーの在処を知らせるDNSも、その業者を使っていた。変更に伴い、DNSの登録も抹消されてしまい、サーバーはあるけれど、道しるべがない状態となったわけだ。
新たな業者からの変更完了通知も、このドメインのメールアドレスに来ることになっていたから、さあ大変。

前の業者が登録を抹消したということは、変更が完了しているだろうと考え、新たな業者のサイトからDNSを急遽設定。試行錯誤を重ねたので、自身がなかったが、Windowsのプロンプトからnslookupでこのサイトを引けたので、ちょっと安心。
それから約30分後に、新たなメールが着信して、動いているらしいことが分かった。

約1日の間、メールを受けられなかった。
メールサーバーの管理者をしている人は、きっと伝統的流儀を守って設定しているだろうから、リトライを繰り返して、徐々に送ってくれるとイイのだけれど。

2011年8月28日日曜日

タブレットを買えない訳

 先日、会社の引き出しの中から、二つの電子ペーパーが発掘された。今で言うタブレット端末。一つは富士通フロンテックのFLEPia、もう一つはbrotherのSV-100B。これらは、後継が続いていたり、今も販売が続いていたりする。Microsoft Windowsを搭載したタブレットが話題になったこともあるが、いずれも、今のスマートフォンのようなムーブメントにはなっていない。各社の試行錯誤は、今も続いていると言える。

だから、タブレットを買えない。

それらの製品の善し悪しではなく、それを買って、ずーっとソフト(書籍)を提供してもらえるか、買った書籍データを維持する方法があるのか、疑問が解消できないからだ。数万円を捨てたと思えば良いのかも知れないけれど、そうまでして欲しいのか、と自分に問うと、答えは自ずと明らかだ。
発売されたタブレットを買って、あるいは、電子書籍ソフトを入れて書籍を買い始めた挙げ句、タブレットあるいはソフトの製造元が手を引いたら、消費者は蓄積したすべてを、失うことになる。そのリスクを、あえて取る必要はない。

PCが安心なのは、必要なソフトを一定程度確保できると信じられるからだ。実際、ブラウザ、メール、オフィス系ソフトについては、主なOS用に、高品質なフリーソフトが出回っている。それらさえあれば、過去のデータについても、残していくことができる。
つまり、こちらが必要としているデータが標準化され、後々に引き継がれる枠組みがある。それが、信頼でき、ハードやソフトを安心して購入できる。

タブレットには、それがない。

ところが、スマートフォンとなると、事情が異なる。「どうせ携帯電話を買い換えるから」という理屈で、代金を大目に見ることができるから。その上、データをクラウドに置いておくサービスを使うことができる。将来、そのスマホが壊れても、データを保全できるし、PCとのシンクロも可能だ。もちろん、クラウドが使えない真のガラパゴスも存在するだろうが。

スマホは、ハードとソフトという概念を超え、データ中心という考え方を前進させる好機を作り出していると言える。

それが進めば、タブレットにも商機アリ。データ中心になれば、どんな機種にも依存しなくなるからだ。
PCでもスマホでもタブレットでも、ユーザーの好みで使えるようになる。

かくいう私は、未だガラケー。おサイフケータイをはじめとするガラケーサービスは、スマートだったハズだ。その御利益をworld wideに広げられないのが残念だ。私も年度内には、スマホデビューを果たす。ガラケーサービスを手放さずに済むかどうか、吟味する時期に来ている。

2011年8月27日土曜日

あるファミレスのタレと空気清浄機

 先日、学生時代の先輩と会い、当時しばしば行っていたファミリーレストランに行った。
その店の名物は、グリル料理に使う、店特製のソース(タレ)にある。

その日も、駐車場について扉を開くと、あのニオイがしてきた。
もし、何者かに連れ去られ、目隠しをされていても、その店の駐車場に降ろされれば、どこかは分からないが、そのチェーン店であることが分かる。そんな、独特のニオイなのだ。

豪州産牛肉ステーキのセールをやっていたので、それを注文し、いくつか選べるソースの中から、“その”タレをオーダー。なぜかチャレンジしたくて、レアで焼いてもらった。


久々の味(ニオイ?)を堪能して、帰り際、レジに向かうと、有名電機メーカーの空気清浄機が設置されていた。
このタイプの空気清浄機、ニオイのモトを分解・除去するハズなんだけれど。

2011年8月5日金曜日

沖縄の車事情

 3年ぶりに、沖縄に行き、新たな発見がありました。
日本では、ほとんど見られない韓国・現代自動車のi30を、あちこちで見られたからです。

路上で見かけたときは、走りながらだったので、見たことのない車種で、よく分からなかったのですが、停車中の車を見てみると「Hyundai」の文字。なるほど、日本で見ないはずです。
日本ではかつて、何度か韓国車が参入を図りましたが、国産メーカーの販売力に太刀打ちできず、事実上撤退していたからです。

欧米市場での活躍に見られるように、現代の評価は高いと言えます。

そんな現代が、沖縄のレンタカー市場に目を付けたのは賢いですね。
だって、それほど広くない島で、営業・保守の範囲が限定されるからです。
しかも、レンタカーという市場なら、品質と価格で勝負できます。自分で買うには、近くに販売店があったり、品質に何となく信頼のおける国産車を考える人は少なくないでしょう。何年も使う、耐久消費財ですしね。でも、レンタカーという形で、数日間借りるなら、抵抗感もそれほどではないはずです(しかし、中国車が、同じような戦略を採っても、うまくいくとはかぎらないような気もします)。
一部のレンタカー会社だけが採用しているようですが、ここを突破口に、日本での知名度の普及を図れるし、実際に乗ってもらうことで、ユーザーに評価してもらうこともできるます。
キャンペーンで試乗してもらうより、金を出して乗ってもらうというのは、商売上手です。

かくいう私は、日産のキューブを借りたのですが、室内が広くて快適でした。
マニアな感想を言うと、加速時のアンダーステアが気になりましたね。 FF車なので、避けられないのですが。


それから、到着直後、前を走っていた車が「鹿児島」ナンバーだったのに、一瞬ためらい、その後、驚愕しました。だって、他県ナンバーって、船で来るしか、方法ないですから。

2011年6月7日火曜日

在宅勤務は節電逃れでは?!

 東京電力、東北電力管内で7~9月、電力需給が逼迫するのを前に、企業などが節電策を次々と発表しています。その中に、在宅勤務の採用が上げられていました。これは、節電逃れの違法あるいは脱法行為といえるだけでなく、電力需給をより悪化させる恐れがあります。



東日本大震災やそれによる津波で、沿岸の火力発電所が被災したり、東京電力福島第一原子力発電所事故の影響で、点検中の原子力発電を再稼働できな事態が続いていて、2011年の夏場は、全国的に電力消費を賄うだけの発電が難しくなりそうな状況です。

特に、津波の直撃を受けた東北電力や、爆発を繰り返した原発を多数抱える東京電力では、昨年夏の消費量をまったく賄えず、国が大口の電力需要企業に対して、電気事業法に基づく罰則付きの電力制限令を発動する方針です。(asahi.com



これを受けて大企業を中心に、節電策を検討・発表していますが、中でも事態を悪化させる恐れがあるのが在宅勤務です。



インターネットの大容量化に伴い、自宅にいながら会社のオフィスと同じコンピューター環境を実現することができるようになり、在宅勤務の可能性が広がりました。

しかしこれは、オフィスで使っていた電力を、自宅に持ち込んだに過ぎません。
しかも、その消費電力量は個人にカウントされ、企業には計上されず、本来果たすべき節電15%を、従業員にツケとして回しているに過ぎません。

しかも、去年のような猛暑なら、自宅でもある程度冷房を使わなければ、健康に害があるでしょう。
各家庭で、昨年以上にエアコンが稼働することになります。
企業のオフィスで、まとまってPCやエアコンを使えば、スケールメリットがあって、より消費電力が少なくて済むはずです。



電力制限令が適用されるのは、大口の需要家だけで、個人や中小企業などは、去年よりも沢山電力を使っても、おとがめはありません。

在宅勤務を増やせば、大口需要家は見かけの消費電力量を減らせますが、社会全体としては、電力を沢山使うことになり、事態をより深刻化させ、真夏の大停電を招く恐れがあります。



この結末を、夏に確認することになるのでしょうか。

2011年6月1日水曜日

浦安市が衆院選の事務を拒否したら...

自民、公明両党が1日にも衆議院に提出を予定している、菅政権への内閣不信任案に、50人近い民主党衆議院議員が賛成の意向を固めたことを、1日の朝日新聞朝刊が報じました。(asahi.com
不況やら地震やら放射能汚染で、世の中大変なのに、東京・永田町は、日本とは別の国のようです。



きょう気になったのは、選挙制度の「想定外」についてです。

国政選挙では、当然のことのように自治体が投開票を担ってとりまとめ、当選者を決めていきます。
でも、それって「当然」なんですかねぇ。



東日本大震災で液状化の被害が大きかった千葉県浦安市と浦安市選管は4月、千葉県議選の選挙事務を拒否しました。(asahi.com

その後、選挙はなされましたけれども。(asahi.com



千葉県議選浦安市選挙区は、浦安市域と同一でしたが、どんな選挙でも同一とは限りません。
衆院選の場合だと、浦安市は市川市の一部とともに千葉5区となります。



じゃぁ、衆院選で選挙事務を拒否したら、どうなるのでしょう?

同じ日に選挙をするのは、有権者に与えられた情報が、ほぼ同一にする効果があります。
投開票日を過ぎると、警察が選挙違反の摘発を始めますし、数週間で投票先を変えるような事態も起こりえます。

市川市の一部でなされた開票結果だけで、当選者を決めるのでしょうか?
市川市の一部地域も、浦安市に合わせて、また投開票をするのでしょうか?



架空の議論ですが、内閣不信任案が可決され、首相が衆院を解散した場合、2011年4月の統一地方選を延期している地域では、そのような事態が起こりえます。

これから先、将来にも。



家電エコポイントを「現金化」する!

家電エコポイントの交換はお済みですか?
きょうは、家電エコポイントの「現金化」について、ご紹介します。しかも、手数料なし、で。

「現金化」というと、「クレジットカードのショッピング枠の現金化」という、消費者相談で出てきそうな文言を見かけるので、怖い印象を持ってしまいます。正直に白状すると、実際に現金にするのではなく、税金や公共料金の支払いにも使えるようにする、というものです。





コンビニエンスストアの多くで、電気・ガス・電話などの公共料金、通販の商品代金の支払い受け付ける収納代行サービスが提供されていますが、電子マネーの多くは、取り扱いができません。

ところが、セブンイレブンなどで使える電子マネーnanacoは、ポイントはつかないものの、支払には充てられます。(nanacoポイント対象外商品




家電エコポイントの対象商品の多くは、手数料や送料などとして、数パーセントが使われてしまいますが、nanacoは手数料無料で、nanacoに入金することができます。



5月下旬に届く自動車税の支払いで試してみました。

家電エコポイントのホームページで、nanacoに交換。翌日に交換したことを知らせるメールが届き、3日後におサイフケータイで、「センターお預かり分」から入金に成功しました。



ただ、nanacoの入金上限は3万円未満(29,999円まで)となっているので、家電エコポイントを3万ポイント以上交換した場合、一度に入金できません。
私の場合、セブンイレブンでおサイフケータイから29,999円を引き落としてもらい、その場で再度、「センターお預かり分」から入金。もう一度、おサイフケータイから引き落としてもらいました。



nanacoのサービスレベルの高さには目を見張るモノがありますが、手数料・送料無料の家電エコポイント交換対象商品には、イオンなどで使える電子マネーwaonやローソンで使えるプリペイドカードなどもあります。



色々調べて、上手に使い方を見つけられると、少し得した気分に浸れます。




2011年5月21日土曜日

消費増税なら毎年1%ずつ上げるしかない

消費税の増税は、もう避けられない。
景気回復で増収を確保する考えは、希望的観測でしかない。「原発は安全だ」というのと同じだ。
今でも、毎年必要な金が不足していて、借金で補っている。
金利は安いが、サラ金に金を借りて生活しているようなモノだ。



消費増税への心配は、事実上物価が上がるので、消費にブレーキがかかることにある。
事実、消費税が3%から5%に引き上げられた後、景気が低迷したことを、多くの人が覚えている。
ところが、家電エコポイントで分かったことがある。値上げが分かっていれば、その直前に買い急ぐということを。



家電エコポイントでは、2010年11月に制度が改定され、要はポイントが大幅削減された。
その結果、改定直前に莫大な駆け込み需要を生んだ。



日常必要なものは、高くても買わざるを得ないが、耐久消費財は駆け込みによって、需要を先食いしてしまう。
これが、増税後の景気悪化を招く要因だと考えられる。



であるなら、毎年1%ずつ増税していけばよい。
「1%程度なら」と甘く見る人なら急いで買わないだろうし、「それは大変」と焦っても毎年上がっていけば買い換え時期にはもっと増税されている。きっと、5年以上は続くだろうから。
 一気に増税したら、また同じ轍を踏む。



何年続けるのか、消費税は増税するのに法人税は減税して理解が得られるのか、ホントは議論すべきことは、こっちなのだけれど。

停電でも固定電話は使えるのだが...

戦争や戦争直後を知らない世代ではありますが、無計画停電(輪番停電)を経験しました。
携帯電話は便利ですが、実は、家庭の固定電話は停電していても使えることを知っていますか?



昔ながらの導線で、家庭と電話局(今は、NTT東西の支店といいますけれど)とが結ばれている場合、電話局側から電力が供給されます。思い出して下さい。昔の黒電話やベージュのプッシュホンは、電源用の線はなく、電話線だけでしたよね。

最近の電話機は、ファクスも兼用しているなど、多機能化が進み、電話局からの電力では不十分なので、電話機自身もコンセントから電力を受けます。停電時のことを考えている機種は、コンセントを抜いても、通話機能だけは維持されています。もちろん、コードレス子機は使えません。

我が家は今の電話を買うとき、この点を重視して商品選定をしたので、停電時も通話を確保することができました。(電話しませんでしたけれど)



家庭での電源を必要とするIP電話はまったく使えないことを、忘れないようにしないと行けません。
特に、光ファイバーは、まったく使えなくなります。
最悪なのは、自宅では導線なのだけれど、マンションと電話局が光ファイバーなケース。大きなビルの場合、大きな電池(無停電電源=UPS)や自家発電で、通信などのインフラへの電力供給を確保していますが、マンションレベルだと、そのような手配はなされていないでしょう。停電=通信途絶となってしまいます。



阪神大震災で、普及前の携帯電話が活躍しましたが、今は携帯電話を持っているだけではなく、予備電池の確保と、メールの使い方の学習は、お年寄りでも最低限のインフラとなりそうです。

電力・電話・郵便事業のあり方とは~ユニバーサルサービスを考える

東日本大震災を機に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故を機に、電力会社や原子力行政の見直しが議論されています。原子力発電だけでなく、発電と送電の分離にまで、議論が拡大し、電気事業全般をゼロから議論するようになりました。のど元過ぎれば熱さ忘れてしまわぬよう、この際、ユニバーサルサービスの必要性とその負担方法についても、議論が深まればいいと考えています。



ユニバーサルサービスとは、生活に不可欠とされ、どんな離島や山間部でも必ず提供されるサービスのことで、主に電力、電話、郵便の三つが挙げられます。

電力は全国にある10社が、大口契約を除き、地域内の供給義務を負う代わりに、事業を独占することで、ユニバーサルサービスを確保しています。電気事業法で利益と独占が保証されているオイシイ業態です。

一方、電話の自由化は進み、電話番号ごとに毎月約7円をNTT東西に支払っています。このお金は、過疎地の電話線の維持に充てられています。離島や山間部での通信事業は、とても割に合いませんが、そこにいる人とつながることを、そこにいない人にも提供するから、都市部の人も費用を負担しているわけですね。

さらに、郵便。
もう無人化されてしまいましたが、富士山頂の測候所。真冬であっても、郵便が届けられていました。毎日ではなさそうでしたけれども。電話同様、どこにいる人にでも届くことに意味があるわけです。



都市と離島や山間部では、事業収益に差が出るのは当然で、田舎は赤字になるでしょう。でも、電話は赤字額を7円という形で補い、電力や郵便は独占によって、赤字に目をつむってもらっている状況です。

でも、今の形態が良いのでしょうか?



答えは簡単ではないけれど、その一つが発電と送電の分離(発送分離ということもあります)。
電力事業では、大口契約の自由化がなされましたが、多くは、海岸部のガス発電所から安い電力を買って、東京電力などの送電線を使って届けてもらいます。送電線利用料が高いというのが、批判の対象になっているわけです。
だから、新規参入事業者と同じように、発電部門と送電部門が分離すれば、同じ土俵で争えるというわけです。
風力とか太陽光という発電源と、それぞれの値段を見ながら、家庭で、どの発電事業者から電気を買うのかを契約していくことになります。発電源に市場原理が持ち込めるわけですが、消費者の環境哲学も問われることになります。
念のために言っておくと、送電部門への新規事業参入は、容易ではありません。特に変電所から、各家庭への送電線を、色々な企業が引いたとしても、これまであった送電線と重複してしまい、全体としての稼働率が下がってしまうので、費用対効果が上がらない、つまり、儲からないからです。だから、送電網は共用することで、社会全体として安く上がると、考えられています。



電話も、NTT東西の支店(電話局)までは、NTT、KDDI、ソフトバンクなどの基幹通信網は届いていますが、そこから私たちの家庭までが、事実上、NTTに独占されているわけです。これも、費用対効果が上がらないので、各家庭からNTT東西の支店(電話局)までは共用しているわけです。

しかし、基幹線通信網で競争しているNTT東西が、家庭までの線を他社に公平に貸し出すことができるのか、という、そもそも論は以前から根強くあります。NTTの企業形態について、いつまでも議論が続いているのは、このためと言えます。

電話局から家庭までの回線のことを、last one mileといい、電力も通信もこれが問題になるのです。



郵便も同様です。
郵便局網を利用すれば、全国で新商品を展開することが可能になります。郵貯のATM網をもっと生かせば、新規参入金融機関が全国どこでもATMサービスを提供できます。セブン銀行顔負けです。
郵便のlast one mile問題が、郵政事業の一体運営論議になってしまっていて、公共財としての全国網と、競争部分である金融や郵便を合併して、NTTのような形態になれ、という話に見えます。



いずれの問題も、公共財としてのlast one mileと競争分野を、どのように両立させるのかが主題といえます。その結果が見えてくれば、電力、電話、郵便も、同じような事業スタイルに落ち着くことになるはずですが、今はまったく異なる形態を取っています。一般家庭では、地域電力会社からしか買えないのですから、電力事業が、3業種の中では最も強く守られていると言えます。

2011年5月14日土曜日

死刑囚が原発作業を志願したら...

ハリソン・フォード主演の米国映画「K-19」(2002年)を見たことはありますか。

旧ソ連の原子力潜水艦の原子炉で事故が発生、米ソの核戦争を引き起こしかねない事態を招きます。乗組員数名が炉心溶融を避けるため、数人の兵士が交代で作業に向かいます。
一定時間の作業を終えて戻ってきた兵士は、莫大な放射線を浴びて瀕死の状態、それを見て次の作業に向かった者は、どうせ死ぬのならと、命が絶えるまで作業を続けます。
その決死ぶりに目が奪われる、実話を元にした作品です。(角川書店


東京電力は12日、福島第一原子力発電所1号機の燃料が、形状を保っておらず、大半が溶けたことを明らかにしました。(asahi.com


事故発生以来、政府や東京電力の対応が後手に回っているとの批判ありますが、危なくて手出しができないというのは、K-19と同じです。手の出せる範囲で対処しているのでしょうが、事故収束と被害の拡大のスピード競争になっています。

何とかしなければという思いは持てても、死ぬ作業を求めることが、ソ連ではなく、日本で、できるでしょうか。


小沢一郎・元民主党代表は、決死隊による収束に言及したといいます。(asahi.com)(sankei.jp.msn.com


原発で事故対応に当たる人たちに、海外から賞賛の声が寄せられています。
今回の原発事故ではこれまで、放射線を浴びた事による死者は幸いにも、一人も出ていません。 しかし、楽観はできません。


もし、死刑囚が放射線汚染で危険なエリアでの作業を志願したら...


命を落とすなら、人や社会のために役に立つ死に方を求めるのは、不自然な考えとは言えません。
一方、死刑の原因となった罪の被害者からは、加害者が英雄のような死に方をするのが、許せないかも知れません。

死刑囚が刑場以外の場所で「刑が執行」されることは「想定」されていないでしょう。それに、本来は、法令が定めた場所で執行されるのが望ましいでしょう。
もちろん、福島第一原発での作業で死ぬとは限りませんが、放射線量が多くて、作業が困難なところに、あえて行くようでなければ、塀の外に死刑囚を出す議論は出てこないでしょう。


実現には、法律上の問題、被害者感情、社会的許容、政治判断が課題になりそうです。


特に、最後の政治決断ができるかどうか。いずれの決断をしても、必ず支持と批判にさらされます。その判断の妥当性について、当然、事後検証されることでしょう。
それに耐えうる議論と決断、説明が必要になるのでしょう。


不謹慎でしょうが、頭の体操として考えるのは、意義のあることです。「想定外」を減らすためにも。

システム障害でblog投稿消失

 googleのblog service blogspot (別名 blogger)でシステム障害があり、復旧のため、一定程度前の状態に戻されたようだ。(blogger status

障害中と思われる期間に公開したようで、直近二つの投稿が消失した。
とりあえず、local diskからこちらも復旧。

別のblog serviceに、mirror serverを建てるべき?

チッソになった東京電力

東京電力福島第一原子力発電所の事故は、今も収束の目処がたたぬまま、被害の拡大が続いている。東北電力女川原子力発電所、日本原子力発電東海第二発電所、東京電力福島第二原子力発電所も、地震や津波の被害にあったと言えるが、原子炉建屋が吹き飛ぶような爆発は起こしていない。

福島第一だけが特別大きな被害にあったのか、それとも、特別に対策が手ぬるかったのかは、今後の検証が必要だけれど、住みかを追い出された人たちや、農漁業や周辺の産業に悪影響を与えているのは事実。原発がなければ、生じなかったであろう被害を、東電が補償していくことになる。

その被害額は、見積もれないほど大きいから、東電が債務超過になり、補償の支払に支障が出ないように、また、東証の上場廃止基準に抵触したり、過去に発行された社債の償還が困難になったりすることを避けようと、国が支援の枠組み作りを進めている。


福島原発禍から思い出すのは、水俣病だ。


国立水俣病総合研究センターのホームページによると、水俣病は、化学工場から海や河川に排出されたメチル水銀化合物を、魚介類がエラや消化管から吸収、 あるいは食物連鎖を通じて体内に高濃度に蓄積し、これを日常的にたくさん食べた住民の間に発生した中毒性の神経疾患だ。1956年5月に初めての患者が報告されているという。

補償金支払いのなどため、国や熊本県は原因企業チッソへ融資を続けた。
水俣病と認定されていない患者が、国などに賠償を求めた訴訟で和解が成立したのは、2011年3月のこと。

原発事故賠償でも、原因企業支援の枠組みが決まった。(asahi.com)


東京電力はチッソになった。

薄い色のタオルが多いワケ

池袋から築地までの約3時間、結局、道中の駅で何度か確認したけれど、地下鉄もJRも、復旧していなかった。会社に到着した午後6時30分ごろは、社内のほとんどのエレベーターが止まっていた。一部動いているのもあるようだが、余震で閉じこめられることを警戒して使用を避けた。3時間近く歩いたことより、最後の階段が一番疲れた。

午後6時30分ごろに到着、当日当番はなくなり、翌朝からの仕事に回った。けれど、電車が動いていないようでは、帰ることも、再び出勤することもできない(ちなみに、mapfanで後日調べたのだが、自宅から築地まで歩くと、約11時間かかるらしい) 。

どこかでゆっくりしようにも、緊急地震速報は鳴り続けたり、東京電力福島第一原子力発電所でECCS(緊急炉心冷却装置)が稼働しなくなったりして、落ち着くヒマはなかったのだが、どうしても買い物に行きたかった。


飲み物と、風呂に入るタオルが欲しい。


深夜になって、多少、落ち着きだした頃を見計らい、社外へ買い物に出た。
というのも、社内のコンビニからは、食料品が消えていたので、翌日の仕事を終えるまでの物資を、ある程度確保しておきたかったからだ。

午前1時15分ごろ、買い出しに出発。近くのコンビニエンスストア2店を確認したが、いずれも飲食料は消失。弁当のごはんは会社にあったので、とりあえずレトルトカレーを調達。タオルを買いに、銀座ナインのドン・キホーテに向かった。

海岸通りはそれほどでもないが、昭和通りはまったくと言っていいほど動かない大渋滞。やっぱり動かない方が良いのかも知れない。


ドンキに入ると、カップラーメンなどの食料も充実、ペットボトル入りの飲料もある。タオルも。穴場だったかも。

何となく、濃い茶色が気に入ったタオルを2種類を買って、会社に戻った。
色の濃いタオルなんて、あまり使わないから想定外だったのだが、風呂場でタオルについた石鹸を洗い落としていると、水の色が茶色に。


そっか、だから薄い色のタオルが多いのか。


寝床を確保していたつもりが、人が多くて奪われていて、リクライニングソファーで寝ようとしたものの、寝付けず、地震関連資料に目を通しながら、人生初の完全徹夜で、12日の朝を迎えた。(朝まで試験勉強したこともあったけれど、わずかながら寝ていた!)

午前6時、寝るのをあきらめ、朝食がてら築地市場を偵察しようと社外に出て驚愕。築地市場に入るトラックが列をなして大渋滞。そうだ、物流がパニックを起こしているのだ。
市場に荷物を持ち込むことが今まで見たことのない。いつもの午前6時なら、ほとんど走っている車は、ないのだけれど。

さて、12日午前6時過ぎの築地市場は、場内のお店はいずれも営業中。吉野家も。昨晩の弁当のごはん+レトルトカレーを回避することができた。

2011年4月12日火曜日

あの日、その時

あの日、買い物で東京・池袋にある7階建てのビルの5階にいた。
仕事の始まる時刻を考えると、午後3時過ぎには電車に乗りたかった。


その時、足元にかすかな揺れを感じた。数秒経っても修まる気配はなく、「地震だ」とつぶやいた。
近くにいた店員も聞こえたようで、身を潜めて、若干強くなっていた微動を感じ取ろうとしていた。
店員も「地震だ」と声を発した後、建物全体が揺れだした。


関東に住んだことがあれば、ある程度の地震には驚かない。震度4程度なら、次の日の話題にならないことすらある。高層階なら、揺れは増幅される。しかし、それにしても明らかに違った。

店内では、お年寄りの夫婦が柱にもたれかかり、若い女性はしゃがみ込んでいた。

実に長く、揺れ続けたが、その時間を計ってはいない。
初期微動(S波)は2種類感じたし、本震(P波)は数分は続いていたはずだ。
気象庁によると、最大震度5強だった東京・大手町でも、震度4以上が2分10秒続いた、と4月10日付朝日新聞朝刊(東京・最終版)は伝えている。


必要なものを買い終え、建物を出て、地下街に入り、丸ノ内線改札口に向かった。
途中、JR東日本の改札近くを通り、全線が運行を取りやめていう案内が聞こえた。
地下鉄改札に近づくと、駅員が地下鉄も全線が運行を取りやめていること、再開にはかなりの時間を要することを、拡声器を使って伝えていた。


いつもの人混みは、少し様子が違う。
丸ノ内線改札口の横に、列をなして並ぶ人たちがいた。今となってはめずらしい、公衆電話が数台並んでいたからだ。きっと、携帯電話に発信規制がかかっているのだろう。


そんな状況でも、余震があった。震度4程度だろうか。比較的安定な地下でさえ、余震で本格的に揺れた。
鉄道は、二つのレールの幅が一定でないと、脱線してしまう。駅員がいう「かなりの時間」というのが、全線のレール幅を確認することを意味しているのなら、2~3時間で解決できるはずがない。


仕事場のある東京・築地まで、歩き始めた。途中で鉄道が動き出せば儲けものなのだが。


地上に出て、護国寺方向へ歩き始る。銀行のATMが稼働していたので、長丁場に備えようと、現金を確保した。

再び歩き始めてすぐ、何やら上を見上げる人に、次々と出くわす。
仕事中だったであろう人が、ビルから出てきて、何やら上を見上げている。
建物の倒壊を恐れているのだろうか。だったら、ビルの側ではなく、離れたところでなければ、意味がないのに。ガラスが割れて落ちてくることを恐れているのだろうか。だったら、外にいる方が危ないのに。


会社から無事を確認する電子メールが、午後3時過ぎに届いていた。テストや訓練で使ったことはあるが、本番は初めてだった。
テストで登録していたWEBサーバーに、携帯電話から接続を試みるがつながらない。gmailはつながる。
何度か試したが、電池の消耗は致命的なので、とりあえずmailを、社内にいる上司に送信。返信がきたので、こちらの状況を伝えることはできたはずだ。


茗荷谷を過ぎた頃から、「帰宅難民」が現実のものになったことを目の当たりにする。
後楽園に着く頃には、鉄道に収まっていた人たちが、路上にあふれ出ていた。

神保町を過ぎ、つらかったのは寒さ。
買い物後に地下鉄で移動する前提だったので、シャツの上に革ジャンを着ていただけだった。
記憶では、晴れた日だった。それでも、日が陰ればまだ、春は遠い。


竹橋近くで、ヘルメットを被って帰宅する、スーツ姿の男性・女性がいた。落下物警戒なのは分かるが、歩いて帰れる距離なのだろうか。この状況では、帰宅しない方が良い。


有楽町周辺も、鉄道に乗れない人が路上にあふれている。通りがかった銀座のアルマーニが、松坂屋が地震のため、閉店していたことを覚えている。もちろん、他の多くの店舗も。


池袋から約3時間、築地に着いて、その日の当番は免除され、翌日朝からの仕事に回った。



2011年3月11日は、これだけで終わらなかった。