2012年10月10日水曜日

可夢偉、Fantastic!

 2012年のF1日本GP。日本人唯一のドライバー、小林可夢偉にとってだけでなく、会場に訪れたファンにとっても、Fantasticなグランプリになった。決勝を振り返る。

 可夢偉もファンも、スタートがすべてだと、分かっていた。
 赤いシグナルが消えた午後3時3分27秒、スタートが切られた。

 可夢偉は今年、スタートに苦しんでいた。8月31日の第12戦ベルギーGPでは、2番手スタートだったのに、出だしに遅れ、後続車の事故に巻き込まれて13位で終えた。

 今回は大成功だった。2番手スタートのマーク・ウェーバーをとらえ、2番手で1コーナーに入った。
 しかも、今季ポイントリーダーのフェルナンド・アロンソがリタイア。追っ手が減った。
 鈴鹿は奇数列が有利と言われたのが、今回も表れた格好だ。

 序盤、完璧な走りだった。
 1分39秒台で走れたのは、可夢偉と、2年連続チャンピオンのセバスチャンだけ。
 後続を引き離しにかかる。

 事態を動かしたのは、タイヤ交換だった。
 F1では一つのレースで、柔らかいタイヤと硬いタイヤの2種類を、必ず使わなければならない。
 上位勢は柔らかいタイヤでスタートした。
 硬いタイヤに交換すると、一般的にタイムが落ちる。
 しかし、ガソリンが減って、どの程度の影響があるのかは、車の特性によって異なってくる。

 そこを、レース巧者のフェラーリが見せた。
 14周した可夢偉が交換した後、フェリペ・マッサは39秒台を連発。17周を終えて交換したら、可夢偉の前に出ていた。

 その後の可夢偉は、元チャンピオンのジェンソン・バトンとの攻防を展開。国際映像を釘付けにした。

 可夢偉が2度目のタイヤ交換をしたのは、31周を終えた時。ジェンソンは35周を終えた時だ。
 マクラーレンには珍しく、ジェンソンのタイヤ交換でミス。右リアの交換を終えていないのに、ジャッキを下ろしてしまった。

 コースに戻り、二人のタイム差は1秒ちょっとまで接近。
 空気抵抗を低減して、スピードを増すDRSの使用可能なメーンストレートは、それまでの走りから、追い抜きが困難なことが分かっていた。
 可夢偉が言うように、鈴鹿でメーンストレート以外に抜きどころはなく、ジェンソンにとっては、相手のミスに乗じるのが、安全で確実な方法だった。
 可夢偉は、ミスをしないことでしか、乗り切れない状況だった。
 可夢偉もジェンソンも、ゴールまで接近戦を演じ続け、そのままゴール。


 今季のチャンピオン争いに加わるジェンソンにとって、危険を冒してまで前にでる選択肢はなかったのかも知れない。
 しかし、互いに譲らぬ最後の5周は、今年、最もスリルのある時間だった。

可夢偉の予選にドキドキ

 2012年のF1日本GP。小林可夢偉にとってだけでなく、見ている人にとってもFantasticなグランプリになった。予選の模様を振り返る。

 小林可夢偉のタイムは予選4位だった。
 3位のジェンソン・バトンは、ギア・ボックス交換で5グリッド降格が決まっていた。
 Starting Gridを巡り、ハラハラの夜が始まった。

 F1の予選はまず、全員が走るQ1で18から24位を振るい落とす。
 続いてQ2を17台が走り、11位以下を振るい落とす。
 最後のQ3で上位10台の順位を決める。

 可夢偉はQ3に進出したが、出走したのは、規定時間終了間際。タイムを出せるのは1回だけだった。
 アタックの最中、スプーンカーブで黄旗た降られていた。危険を知らせる黄旗区間はタイムを更新してはならないことになっている。そこを過ぎて、可夢偉は4位のタイムをたたき出した。

 黄旗区間を走り、Q3唯一の記録を出したため、すぐさま審議対象に。タイムが認められなければ最悪、記録抹消で10番手スタートになってしまう。

 一方、予選終了後、フェルナンド・アロンソとセバスチャン・ベッテルが、互いにシケインで邪魔をされたとQ3の結果に異議を申し立てた。午後4時15分から、双方を呼び出しての事情聴取があると、午後3時28分付で発表された。セバスチャンは予選1位を記録していた。

 つまり、小林は1列目スタートの可能性も出てきてしまった。

 小林は黄旗区間について、空気抵抗を低減するDRSを使わず、出力を増すKERSも使わなかったと主張。タイムは認められた。
 他方、フェルナンドとセバスチャンの騒動は、セバスチャンに今季2度目となる注意という扱いに落ち着いた。

 予選終了は午後3時だったが、決勝のStarting Gridの見通しが立ったのは午後8時近くになっていた。